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お知らせ

法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会における審議に対する総会決議

第1 決議の趣旨

当会は、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、
1 憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の発生を防ぐという同部会設置の本来の目的に立ち戻って慎重な制度検討を行うことを求めるとともに、
2 特定秘密保護法の成立及び共謀罪新設に向けた近時の政府の動きを踏まえ、通信傍受の対象犯罪の拡大及び会話傍受の導入に強い反対の意を表明する。

第2 決議の理由

1 特別部会設置の経緯
近年、足利事件、布川事件、氷見事件、志布志事件、厚生労働省局長事件等、数々の冤罪・誤判事件や捜査機関による自白強要・証拠改ざん等の不祥事が発生し、捜査の在り方に対する抜本的な見直しの必要性に注目が集まることとなった。
このような事態を受けて法務省に設置された「検察の在り方検討会議」は、平成23年3月31日、「検察の再生に向けて」と題する提言を発表した。同提言は、「検察における捜査・公判の在り方」として、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため、直ちに、国民の声と関係機関を含む専門家の知見とを反映しつつ十分な検討を行う場を設け、検討を開始するべきである」と結論づけた。
同提言を受けて、法務大臣は、平成23年5月18日、法制審議会に対して「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について御意見を承りたい」とする諮問第92号を発した。法制審議会は、同諮問を受け、平成23年6月6日開催の第165回会議において、同諮問について調査・審議するための「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)の設置を決定した。

2 特別部会の目的
特別部会の設置に至る経緯は以上のとおりであることから、諮問第92号にいう「近年の刑事手続をめぐる諸事情」とは、捜査機関の力が刑事司法実務全体に圧倒的な影響を与えるという構造的問題を背景に、捜査機関の暴走に対し制度的な歯止めがかけられずに冤罪・誤判が生じてきた状況を意味することは明らかである。
したがって、同諮問の趣旨は、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶に資するために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行う役割を特別部会に求めたことにあり、これが、同部会が立脚すべき本来の原点であったというべきである。

3 「基本構想」の内容
特別部会は、設置以来約1年半の審議期間を経て、平成25年1月29日開催の第19回会議において、「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」と題する取りまとめ(以下「基本構想」という。)を発表した。
基本構想は、実質的な総論に当たる「第2 時代に即した新たな刑事司法制度を構築するに当たっての検討指針」において、「これまでの刑事司法制度において、捜査機関は、被疑者及び事件関係者の取調べを通じて、事案を綿密に解明することを目指し、詳細な供述を収集してこれを供述調書に録取し、それが公判における有力な証拠として活用されてきた。」「取調べによる徹底的な事案の解明と綿密な証拠収集及び立証を追求する姿勢は、事案の真相解明と真犯人の適正な処罰を求める国民に支持され、その信頼を得るとともに、我が国の良好な治安を保つことに大きく貢献してきたとも評される」として、捜査機関による取調べに対し一定の評価を与えた上で、そのような従来型の捜査に生じている「ひずみ」を、捜査の適正確保の観点から修正する必要があるとしている。
それと同時に基本構想は、「我が国の社会情勢及び国民意識の変化等に伴い、捜査段階での供述証拠の収集が困難化していることは、捜査機関における共通の認識となっている。」「公判廷で事実が明らかにされる刑事司法とするためには、その前提として、捜査段階で適正な手続きにより十分な証拠が収集される必要があり、捜査段階における証拠収集の困難化にも対応して、捜査機関が十分にその責務を果たせるようにする手法を整備することが必要となる一方で、公判段階も、必要な証拠ができる限り直接的に公判に顕出され、それについて当事者間で攻撃防御を尽くすことができるものであるべきであり、こうした観点から、捜査段階及び公判段階の双方について適切な配意がなされた制度とする必要がある。」として、「取調べへの過度の依存からの脱却と証拠収集の適正化・多様化」及び「供述調書への過度の依存からの脱却と公判審理の更なる充実化」のための各方策を導いている。

4 「基本構想」の問題点
先に述べたとおり、そもそも特別部会は、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶に資するために、取調べの全面可視化を中心に、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行うために設置されたものである。
ところが、基本構想は、従来の捜査が冤罪・誤判の温床になってきたという根本的問題点を抜本的に見直すことなく、むしろ取調べによる自白獲得を主眼とすること自体については従来の捜査の在り方を肯定する姿勢を示している。
加えて、基本構想では、供述が獲得しにくくなったことに対し、証拠収集手段の多様化等により捜査権限を拡大する必要があるとして、各方策の検討においても捜査権限の拡大に重点が置かれている。
すなわち、各論である「第3 時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため検討するべき具体的方策」において検討されている9項目の方策のうち、半数以上を占める5項目(「刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度」「通信・会話傍受等」「犯罪被害者等及び証人を支援・保護するための方策の拡充」「公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等(司法の機能を妨害する行為への対処)」「自白事件を簡易迅速に処理するための手続の在り方」)は、そもそも上記特別部会の設置目的に沿うものではなく、むしろ捜査機関の権限拡大や捜査・訴追側の想定に沿った事案の解明を容易にする方向性をもった提言が大半を占めている。
また、それ以外の4項目(「取調べの録音・録画制度」「被疑者・被告人の身柄拘束の在り方」「弁護人による援助の充実化」「証拠開示制度」)についても、それ自体は適正手続保障・冤罪根絶の観点からの提言と評価される内容ではあるが、そこに示されている具体的な方策等の中では上記観点は大幅に後退させられ、極めて不徹底な提言となっている。
繰り返しになるが、諮問第92号の趣旨は、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の根絶に資するために、捜査機関の暴走を抑制する抜本的な改善策を検討して提言を行う役割を特別部会に求めたことにあり、捜査・訴追機関の想定に沿った自白や証拠の獲得を容易にするための方策を導入するように求めたものではない。
特別部会は、その本来の目的に今一度立ち戻り、これを逸脱する検討項目については同部会で拙速に結論を出さずに別途検討することとし、真に必要な検討項目については、捜査の適正化が図られるよう慎重な制度検討を行うべきである。

5 通信傍受の対象犯罪の拡大及び会話傍受の導入の危険性
以上のとおり、特別部会の検討項目対象にはその本来の目的を逸脱したものが含まれており、検討方針について全体的な見直しが図られるべきであるが、特に、「通信・会話傍受等」に関する議論にはその内容についても看過し得ない重大な問題がある。
すなわち、特別部会では、通信傍受法による通信傍受の対象犯罪について、現行の4つの類型(薬物関連、銃器関連、集団密航、組織的殺人)に加え、殺人、逮捕監禁、略取誘拐、窃盗、強盗、詐欺、恐喝、及び「その他重大犯罪であって、通信傍受が捜査手法として必要かつ有用であると認められるもの」にまで拡大すること、及び会話傍受の導入が議論されている。
ところで、昨年の国会において特定秘密保護法が成立し、同法では特定秘密の漏洩及び取得について、未遂、共謀、教唆、煽動も含めて同法違反として処罰の対象となることが定められている。同法の特定秘密の範囲は曖昧であり、かつ政府による恣意的な指定がなされるおそれがあるため、多くの市民活動が取り締まりの対象となる危険性が高いことは、これまで多方面から指摘されているところである。
また、報道によれば、安倍政権は東京五輪に向けたテロ対策の強化と称して、共謀罪を含む組織的犯罪処罰法改正案の提出を再び検討しているとのことである。共謀罪についても、通信の監視と相俟って捜査機関による監視社会を招く危険性が高いために、強い反対を受けて幾度となく廃案となってきた。
かかる近時の政府の動きと並行して、現在、特別部会において通信傍受の対象拡大や会話傍受の導入が議論されているところ、仮に通信傍受の対象犯罪が窃盗等にまで拡大されるとなれば、これとの均衡上、特定秘密保護法違反や共謀罪も「その他重大犯罪であって通信傍受が捜査手法として必要かつ有用であると認められるもの」として通信傍受等の対象犯罪とされるであろうことは想像に難くない。特定秘密保護法違反や共謀罪に対する通信傍受等が許されれば、たとえば原発反対運動、憲法改正反対運動などといった健全な市民活動やメディア活動が広く取り締まりを受けるおそれが生じ、国家権力による計り知れない人権侵害がもたらされることになりかねない。
特別部会では、対象犯罪の拡大による人権侵害への歯止めとして、組織犯罪に限定するなどの要件が検討されているが、組織犯罪に限定することが上記弊害の歯止めとならないことは自明である。そもそも、振り込め詐欺や組織窃盗等に対する通信傍受等の有用性があったとしても、これを認めることにより社会にもたらされる弊害は比較にならないほど重大なものであり、対象犯罪をむやみに拡大することには断固として反対である。

6 結語
よって、当会は、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、
(1)憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の発生を防ぐという同部会設置の本来の目的に立ち戻って慎重な制度検討を行うことを求めるとともに、
(2)特定秘密保護法の成立及び共謀罪新設に向けた近時の政府の動きを踏まえ、通信傍受の対象犯罪の拡大及び会話傍受の導入に強い反対の意を表明する。


2014年(平成26年)2月28日
新潟県弁護士会臨時総会決議


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