表現の自由に対する不当な干渉に抗議する会長声明 ~「表現の不自由展・その後」展示中止問題を受けて~
1 「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会(会長大村秀章愛知県知事)は、「平和の少女像」や昭和天皇の映像作品を含む「表現の不自由展・その後」企画について、脅迫行為等により安全な運営が危惧されることを理由に昨年8月3日に中止とする問題がありました。その後、本件企画は10月8日に再開されたものの、本企画をめぐる一連の問題につき、12月19日、愛知県が設置した検証委員会による調査報告書が公表されました。
2 芸術祭における表現行為は、多くの国民にとって、自身の表現活動を通じ、あるいは他者の多様な表現活動を受けとめることにより、互いにその感性や理性に大きな刺激を与え合い、それぞれの人格的な成長や発展を大きく促すことのできる貴重な機会です。芸術祭における表現活動が、社会的・政治的メッセージを伴う場合には、主権者として自ら考え、判断する力を育てることにも大きく寄与するものであり、その重要性はますます高まります。民主主義社会を維持・発展させていく上では、社会に多様な価値観や政治的意見が存在し、かつ、国民がそれらへ容易にアクセスできることが決定的に重要だからです。また、このような国民の人格的成長や民主主義社会の発展は、国家の持続的な成長や発展の基盤となるものです。
3⑴ 芸術作品の中には、性質上社会的議論を呼び起こす作品も数多く存在します。その内容に関する批評や批判が多く寄せられることは、多様な意見や表現が許される自由で豊かな社会であることの証といえるでしょう。しかしながら、暴力や脅迫にわたる違法な手段によって表現活動それ自体の中止を求める行為は、表現の自由に対する不当な攻撃に他ならず、民主主義を危機にさらすものであるため、到底許されません。
⑵ また、国・政府は、人権保障の観点からも、国家の持続可能性の観点からも、芸術祭における表現行為(当然その内容の自由を含む)を手厚く保護すべきです。今回の件では、9月26日、文化庁は、愛知県が申請していた補助金について、文化資源活用推進事業としての採択が決定していたにもかかわらず、全額不交付とする旨公表し、その理由として手続的な理由をあげています。しかし、不交付決定をした過程は明らかとされておらず、また手続的な理由で補助金不交付を決めた前例がないことは文化庁が認めているところです。このような恣意的な不交付決定は、補助金が交付される文化事業において表現活動や表現行為が委縮してしまう風潮を生じさせかねず、表現の自由に対する不当な介入と言わざるを得ません。
⑶ さらに、地方自治体においても、国民の表現の自由を保障すべきであるところ、実行委員会の会長代行である河村たかし名古屋市長が展示内容を公然と批判し、展示の中止を求め、さらには10月8日には会場まで抗議の座り込みに参加しました。そのような行為は、表現の自由の重要性と公権力の責務に対する理解を欠いた、極めて不適切な行為であったと考えます。
他方、大村知事が、外部から多数の脅迫もしくは脅迫的行為がなされたことを理由として開催から3日で「表現の不自由展・その後」の中止を決定した点について、表現の自由に対する妨害行為に一旦は屈したという点で遺憾であったものの、その後、企画を再開しながら、企画に対する妨害行為を強く批判している行動は、表現の自由を守る姿勢として評価できると考えます。
4 新潟県弁護士会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする団体として、公権力が表現内容を公然と批判しその中止を求めたこと、政府が補助金を不交付としたことに対し強く抗議するとともに、多様な表現の自由が保障され、民主主義がしっかり根付いた社会にしていくために、引き続き努力を重ねていくことを表明します。
2020年2月12日
新潟県弁護士会
会 長 齋 藤 裕