「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に基づく法改正に 反対する会長声明
法務大臣の私的懇談会である「出入国管理政策懇談会」の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」は、「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」といいます。)を公表し、本年7月14日、法務大臣に提出しました。
本提言を受け、現在、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」といいます。)の改正が検討されていますが、当会は、以下の内容を含む本提言を踏まえた法改正に強く反対します。
1 退去強制拒否罪の創設について
本提言は、退去強制令書の発付後も日本から退去しない人に対する罰則(退去強制拒否罪)の創設を検討するよう提言しています。
しかしながら、退去強制令書の発付を受けた人の中には、日本で生まれ育った人、日本に家族を有している人、本国に帰国すると迫害を受けるおそれがあり日本を退去できない人など、さまざまな事情を抱えて帰国できない人も大勢います。そのような背景事情を十分に検討せずに罰則を導入しても、入管施設から刑事施設へと収容場所が変わるだけで、実効性は期待できない上、「犯罪者」とのレッテルを貼ることでその人たちをさらに追い詰めることにもつながります。
また、行政機関内の審査を経た退去強制令書の発付に対し、司法手続(訴訟)で争うことを通じて在留が認められる人々も一定数存在します。そのような司法判断を未だ受けていない当事者に対して罰則をもって帰国を強制することは、日本国憲法や市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)で認められた裁判を受ける権利を侵害するおそれがあるものです。
さらに、このような罰則を創設すれば、その対象とされる人の生活を支えてきた家族や支援者、弁護にあたる弁護士等もまた「共犯者」とされるおそれが払拭できず、極めて不当です。
2 難民申請者の送還停止効に対する例外の創設について
本提言は、難民認定申請手続の審査中には強制送還されないという、いわゆる送還停止効(入管法第61条の2の6第3項)について、複数回申請の難民認定申請者に対する一定の例外の創設を検討するよう提言しています。
このような例外を設けるためには、難民認定制度が適正に機能していることが前提として不可欠となりますが、実際には、日本の難民認定率は先進国の中でも極めて低く、本来難民として保護されるべき人々が保護されていない状況にある上、日本において難民認定を受けた人々の中には、2回目以降の難民認定申請で、行政手続や訴訟を経て、ようやく難民認定を得た人も相当数存在しています。
このように、難民認定制度が適正に機能しているとはいえない現状の下で、複数回申請の難民申請者の送還停止効に例外を設けることは、難民を、迫害が予想される地域に追いやってはならないとする国際法上の原則(ノン・ルフールマンの原則。難民条約第33条第1項)に反するものであり、断じて許されるものではありません。
3 仮放免逃亡罪の創設について
本提言は、仮放免された人が逃亡した場合に対する罰則(仮放免逃亡罪)の創設を検討するよう提言しています。
しかしながら、逃亡した仮放免者に対しては,保証金の没取などの措置がすでにとられており、新たな罰則を創設する必要性はありません。むしろ、仮放免の制度そのものの運用方針が不明確な現状において必要とされるのは、厳罰化ではなく、仮放免の適正な運用です。
さらに、仮放免された人が仮に逃亡した場合、仮放免許可申請に関わった家族や支援者、弁護士等が「共犯者」として罪に問われるという、退去強制拒否罪と同様のおそれがあり、到底容認できません。
「収容・送還に関する専門部会」は、過酷な無期限長期収容・処遇環境に耐えかねた多数の被収容者が全国で命がけのハンガーストライキを行い、令和元年6月には大村入国管理センターで餓死者が出るという事件が起きたことを契機に設置されました。
同専門部会の目指す長期収容問題の解決の必要性にはもちろん異存はありませんが、その解決は、まずもって、収容期間に上限を設けるといった、長期収容問題の本質に関わる改善から目指すべきものです。
本提言は、そのような本質的な提案を回避し、送還の強化を主眼とするものといわざるを得ません。
当会は、被収容者とそのまわりで支えとなる人々の人権を擁護する見地から、本提言に基づく入管法改正に断固として反対します。
2020年(令和2年)12月8日
新潟県弁護士会
会長 水 内 基 成