「袴田事件」第2次再審請求差戻し後即時抗告審決定に関する会長声明
1 昨日、東京高等裁判所第2刑事部は、いわゆる「袴田事件」に関する再審請求事件
(有罪の言渡を受けた者:袴田巌氏、請求人:袴田ひで子氏)について、2014年
(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所が行った再審開始決定を支持し、検察官
の即時抗告を棄却しました。
2 本件は、1966年(昭和41年)にみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、
放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田巌氏が同事件の被疑者
として逮捕・起訴され、1980年(昭和55年)に袴田巌氏に対する死刑判決が確
定しました。しかし、袴田巌氏は、当初より無実を訴えており、現在、袴田巌氏の姉
である袴田ひで子氏が第2次再審請求を行っています。
第2次再審請求の経過ですが、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁
判所は再審を開始するとともに、死刑及び拘置の執行を停止する決定を行い、袴田巌
氏は釈放されました。しかし、検察官は、この決定に対して即時抗告を行い、201
8年(平成30年)6月11日、東京高等裁判所は再審開始決定を取り消し、再審請
求を棄却しました。これに対し、請求人が特別抗告を行ったところ、2020年(令
和2年)12月22日、最高裁判所は、東京高等裁判所の上記決定を取り消し、本件
を東京高等裁判所に差し戻すとの決定を行い、この決定を受けて、東京高等裁判所第
2刑事部において差戻し後即時抗告審の審理が行われ、上記のとおり昨日検察官の即
時抗告を棄却しました。同決定は、私たちの常識的感覚にも合致したものであり、当
然の判断といえます。
3 しかしながら、本件では、2014年(平成26年)3月に再審開始決定がなされた
にもかかわらず、それから9年近くが経過した今もなお再審公判(やり直しの裁判)
が始まっておらず、再審請求手続(裁判をやり直すか否かを決める手続)が続いてい
ます。これは繰り返しなされる検察官の不服申立てによるものであり、今月6日にい
わゆる「日野町事件」において大阪高等裁判所が行った再審開始決定を不服として大
阪高等検察庁が特別抗告したことからも明らかなように、本件に限らない重大な問題
といえます。再審の重い扉がようやく開いても、検察官の抗告によって閉ざされてし
まう制度となっているのです。
袴田巌氏は、現在87歳と高齢であり、しかも長期間にわたり死刑囚として身体を
拘束されたことによる拘禁反応の症状が見られるなど、心身に不調を来しています。
「日野町事件」の阪原弘氏のように無実を叫び続けながら生涯を終えてしまうという
ような悲劇をこれ以上生じさせてはなりません。とりわけ本件が死刑判決であること
に鑑みれば、その過酷さと非情さを考えざるを得ないところです。再審開始決定に対
する検察官の不服申立ての禁止を一刻も早く実現させる必要があります。
4 本件では、第2次再審請求の請求審において、約600点もの証拠が新たに開示され、
それが再審開始の判断に強い影響を与えています。また、本件に限らず、近年再審に
おいて無罪判決が確定したいわゆる「布川事件」、「東京電力女性社員殺害事件」、
「東住吉事件」及び「松橋事件」では、通常審段階から存在していた証拠が再審請求
手続又はその準備段階において開示され、それが確定判決の有罪認定を動揺させる大
きな原動力となりました。
しかし、再審請求手続における証拠開示については、現行法上、明文の規定を欠い
ており、その実現が制度的に担保されていません。本件で大幅な証拠開示が実現した
のは、裁判所の積極的な訴訟指揮によるものでありますが、逆にいえば、裁判所の姿
勢によっては証拠開示が実現しなかった可能性もあるのであって、時に「再審格差」
とも呼ばれるように、裁判所の姿勢いかんによって再審請求手続における証拠開示が
左右される実情があります。
このような「再審格差」を生じさせないためにも、再審における証拠開示について、
すべての裁判所において統一的な運用が図られるよう、その法制化は急務といえます。
5 よって、当会は、
(1) 検察官に対し、本日の決定を尊重して特別抗告を断念するとともに、本件を速
やかに再審公判に移行させること
(2) 政府及び国会に対し、えん罪被害者の速やかな救済のために、①再審開始決定
に対する検察官の不服申立ての禁止、②再審請求手続における証拠開示の法制
化を含む再審法の改正を行うことを強く求めます。
2023年(令和5年)3月14日
新潟県弁護士会
会長 齋 藤 貴 介