SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書
第1 意見の趣旨
1 総務省、消費者庁及び消費者委員会に対し、①ソーシャルネットワーキングサービス(以下、
「SNS」という)が詐欺行為や消費者被害(以下、詐欺行為等」という。)の誘引手段と
して使用されている実態、②特に利用者の登録時に本人確認を十分に実施していないSNS
が詐欺行為等の誘引手段として多用されている実態、③SNS事業者による本人確認記録の
保管状況、④SNS利用者を特定する情報について弁護士法23条の2に基づく照会がされ
た場合のSNS事業者の対応状況等を調査するよう求める。
2 総務省に対し、第1項記載の調査を踏まえ、SNS事業者の本人確認義務の導入、SNS利
用者を特定する情報の照会に対してSNS事業者が適切な対応をするための対策及びSNS
事業者の適切な本人確認記録の保管義務の導入等、民事裁判・交渉における相手方特定のた
めの実効性ある措置を検討するよう求める。
3 消費者庁及び消費者委員会に対し、第1項記載の調査を踏まえ、総務省に対し第2項記載の
実効性ある措置を速やかに講じるよう適切な働きかけ、または意見表明の実施を検討するこ
とを求める。
第2 意見の理由
1 はじめに
昨今、通信環境のグローバル化や情報通信技術の高度化、スマートフォンの普及等に伴い、
LINE、Facebook、Twitter、Instagramuなど様々なSNSが
登場し、それらは多くの人に利用され急速に利用者が拡大してきていることは周知のとおり
である。
しかしながら、このような利用者の拡大に比例するように、近時、SNSのアカウントを
経由したやり取りによる匿名性を悪用した詐欺行為等が多発している。被害のほとんどは、
被害者と加害者のやり取りがSNS上のみで完結しており、加害者の氏名・住所等を特定す
ることが困難となっている。
たとえば、近時、多数の被害が報告されているマッチングアプリを利用した詐欺行為等に
おいては、当初はマッチングアプリでやり取りをするものの、その後、仮想通貨や暗号資産
への投資話を持ちかけ、その投資に関する連絡についてはSNSのひとつであるLINEを
通じたやり取りをするように誘導される事案が多い。また、中にはマッチングアプリでのや
り取りを通じて生じた恋愛感情につけ込む形で、結婚資金名目、病気の家族のための治療費
名目で金銭を詐取するいわゆる「ロマンス詐欺」といった詐欺事案も多発している。
そのような事案では、最後まで相手方の氏名や連絡先等の情報を知らされないままやり取
りがなされるため、被害者が最終的に詐欺行為等に気付いたとしても、被害者において相手
方を特定する情報についてはLINEのIDしか知らず、それ以外の情報を何も持っていな
いというのが実情である。
このようにLINEを通じたやり取りを例に挙げると、例えば弁護士がこのような事案に
関し被害者から被害回復の依頼を受けた場合、まずは運営会社であるLINE株式会社に対
し、弁護士法23条の2に基づく照会(以下、「弁護士会照会」という。)等の方法により
相手方の氏名や住所といった情報を開示するよう求めることとなる。しかし、LINE株式
会社はそのような事案においてまれに電話番号については回答をするケースはあるものの、
多くの事例において照会への回答を拒否しており、弁護士が介入しても相手方の情報を入手
することは事実上不可能となっている。
なお、現在はLINEに新規登録をするには、電話番号の登録及びショートメッセージサ
ービス(以下、「SMS」という。)による認証、あるいは通話による認証が必要となって
いる。しかしながら、このような電話番号の登録及びSMSによる認証等が必要となったの
は、2020年(令和2年)4月上旬頃以降の新規登録者のみであり、それ以前にFace
bookのアカウントを利用してLINEアカウントを登録して利用している場合には、電
話番号の登録及びSMSによる認証等は必要とされていないし、そもそもSMSによる認証
は、LINEの新規登録希望者が、電話番号に対応した携帯電話を所持していることのみを
保証するものであり、LINEの新規登録希望者と当該携帯電話を所持している契約者の一
致を保証するものではないから、本人確認としては不十分な方法と言わざるを得ない。
また、その他のSNSは、本人確認をすることなく簡単に利用を開始できる仕組みになっ
ているものもあるため、SNS事業者においてそもそも直接本人を確認できるような資料を
持っていないことも多い。
そのため、仮にLINE株式会社等が照会に回答をしたとしても、加害者の特定に至る情
報を確実に得られるとは限らない。
このように、SNS事業者において照会への回答を行わないことや、そもそもSNS事業
者に利用者の本人確認義務がないことが、SNSを利用した詐欺行為等において被害回復の
大きな障害となっており、被害者は事実上泣き寝入りを強いられる状況になっている。
2 求められる制度
⑴ SNS事業者が弁護士会照会を受けた場合は開示に応ずることを周知徹底させること
SNSを利用した詐欺行為等において弁護士が被害回復について依頼を受けた場合、被害
者が相手方のSNSのアカウントしか分からない場合には、まずは訴訟外であれば弁護士会
照会を行って調査をすることとなる。そして「23条照会の制度は、弁護士が受任している
事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたもので
あ」り、「23条照会を受けた公務所又は公私の団体は,正当な理由がない限り、照会され
た事項について報告をすべきものと解される」と最高裁判所第三小法廷判決(最判平成28
年10月18日民集70巻7号1725貢)において判示されているところであるにもかか
わらず、前記のように正当な理由も示さないまま開示を拒否するSNS事業者が少なくない
のが実情である。
また、相手方の情報を探索するには、裁判所を用いた調査嘱託等(民事訴訟法151条1
項6号)も考えられるところであるが、調査嘱託手続を利用するには、その前提としてまず
は訴訟提起を行わなければならない。その結果、被害者としては回答までの時間を無駄に要
することとなるし、本来交渉で解決しうる案件についても訴訟の負担を強いられることは、
時間的にも金銭的にも被害者にとっては大きな負担となっている。
よって、SNS事業者が弁護士会照会によりアカウントに関する情報の照会を求められた
場合、正当な理由がない限りは開示に応じなければならないことを周知徹底させる必要がある。
⑵ SNS事業者に対し、登録に際して適切な本人確認を行うこと及び本人確認記録を適切に保
管・管理することを義務付けること過去には、詐欺等の犯罪には携帯電話が多く利用されてき
た。そのため、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正
な利用の防止に関する法律(以下、「携帯電話不正利用防止法」という。)により、携帯電話
事業者やレンタル携帯電話事業者に対し、契約者の本人確認を身分証明書等の公的な本人確認
書類で行うことが義務付けられた。また、犯罪による収益の移転防止に関する法律の改正によ
り、電話転送サービスにも本人確認を行うことが義務付けられた。
その後、犯罪に利用されるツールは携帯電話からSNSへと変化していったが、SNS事業
者は電気通信事業法に規定される「電気通信事業者」に該当するものの、携帯電話不正利用防
止法に規定される「携帯音声通信事業者」等には該当しないため、法律上、本人確認を行うこ
とが義務付けられてはいない。
携帯電話もSNSも、現在通信手段として広く利用されており、その機能は大きく変わらな
いにもかかわらず、規制する法律の違いによって本人確認義務がないということは公平を欠く。
このままでは詐欺行為等の加害者は携帯電話による通話を利用せず、SNSを利用したやり取
りによって詐欺行為等を行う方法にますますシフトしていくことは明らかであり、被害の減少
にはつながらない。
また、仮にSNS事業者が弁護士会照会に回答をするようになったとしても、そもそもSN
S事業者が本人に関する正確な情報を保有していない場合には、詐欺行為等の相手方の情報に
たどり着くことはできないことになる。これでは、SNSを利用した詐欺行為等の被害者は、
相手方に対し民事上の請求をすることができず、事実上被害回復を諦め泣き寝入りせざるを得
ない。
しかし、詐欺行為等によって多額の金員が詐取され、その被害金が暴力団を含む反社会的勢
力の資金源となっている可能性が指摘されていることからすると、詐欺行為等の根絶及び被害
回復は喫緊の課題である。
そのためにも、詐欺行為等に関わったと思われる者の情報を探索することには強い必要性が
認められるのであり、SNS事業者に対し、利用登録に際して適切な本人確認を行うこと、本
人確認記録を適切に保管・管理することをそれぞれ義務付けることが求められる。
3 通信の秘密を害することはないこと
SNS事業者が開示を拒否する根拠となる「正当な理由」として、通信の秘密(憲法第21条第
2項後段)が挙げられることがある。
しかしながら、SNS事業者が開示に応じたとしても通信の秘密を侵害することにはならない。
なぜなら、そもそもSNSのアカウント情報は通信の秘密を含むものではないからである。
この点、総務省の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(令和4年個人
情報保護委員会・総務省告示第4号)の解説」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000805
807.pdf)97頁3-7-1・第三者提供の制限の原則(第17 条第1 項関係)は、弁護士会照会
と通信の秘密との関係について、次のとおり説明されている。
「弁護士法第23条の2第2項等(注:弁護士会照会)がなされた場合においては、原則として
照会に応じるべきであるが、電気通信事業者には通信の秘密を保護すべき義務もあることから、
通信の秘密に属する事項(通信内容にとどまらず、通信当事者の住所・氏名、発受信場所、通信
年月日等通信の構成要素及び通信回数等通信の存在の事実の有無を含む。)について提供するこ
とは原則として適当ではない。なお、個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等は、通信の
秘密の保護の対象外であるから、基本的に法律上の照会権限を有する者からの照会に応じること
は可能である。」
このように、SNS事業者が詐欺行為等を行った者を特定するための加入者の住所や氏名とい
った情報を開示したとしても、これは個々の通信とは無関係であるため、通信の秘密を侵害する
ことにはならない。
したがって、SNS事業者が通信の秘密を理由に加入者の氏名や住所の開示を拒否することは
上記最高裁判決が判示する「正当な理由」には該当しない。
第3 結語
よって、意見の趣旨記載のとおり、各関係機関において、速やかに実態調査の上、適切な措置を
講じていただきたく、本意見書を提出する。
以 上
2023(令和5)年3月29日
新潟県弁護士会
会長 齋 藤 貴 介