刑事訴訟法の再審に関する規定の速やかな改正を求める総会決議
第1 決議の趣旨
当会は、適正な刑事手続の保障とえん罪被害者の早期救済のため、国に対し、
① 再審請求手続における証拠開示の法制化
② 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
を含む刑事訴訟法の再審に関する規定の改正を速やかに行うよう求める。
第2 決議の理由
1 はじめに
刑事裁判において、無罪となるべき者に有罪判決を下し、刑罰を科すえん罪は、
絶対にあってはならない国家による重大な人権侵害である。しかし、刑事裁判が
人により行われるものである以上、誤りが生じる可能性を避けることはできない。
このため、えん罪を救済する最終手段となる制度として、刑事訴訟法には、再審
に関する規定(同法第四編。以下「再審法」という。)が置かれている。この再審
法は、憲法第39条が、国家による訴追は1度限りであり、被告人に対して再度同
じ負担を負わせることができないという二重の危険の禁止を規定していることによ
り、不利益再審が禁止され、明確にえん罪被害者の救済のための制度として位置付
けられているものである。
2 再審法の問題点
このように、えん罪被害者を救済するための制度である再審においては、えん罪
被害者は速やかに救済されなければならないが、そのためには、再審請求手続にお
いても、再審請求人の主体性を尊重した適正手続の保障が必要である(憲法第31条)。
しかし、現行の再審法は、不利益再審の禁止を除いては、旧憲法下における旧刑
事訴訟法の規定をそのまま引き継いだ僅か19か条しか規定がなく、1949年(
昭和24年)に現行刑事訴訟法が施行されてからも、70年以上にわたり、1度も
改正がなされていない。
また、再審請求手続における審理のあり方については、刑事訴訟法第445条に、
事実の取調べを受命裁判官又は受託裁判官によって行うことができる旨が定められ
ているだけで、その他の手続について規定がないため、再審請求を受理した各裁判
所の広範な裁量に委ねられているという実情である。
そのため、再審請求事件の審理の進め方は裁判所によって区々であり、えん罪被
害者の救済に向けて能動的かつ積極的に活動する裁判所がある一方で、何らの事実
取調べも証拠開示に向けた訴訟指揮もせず、進行協議期日すら設定せずに、事前の
予告もないまま再審請求棄却決定を再審請求人や弁護人に送達する裁判所もある。
このように、いわゆる「再審格差」と呼ばれるような裁判所ごとの審理の格差が
顕著となっており、再審法の不備が看過できない状態に至っていることが明らかと
なっている。再審制度は、えん罪救済の最終手段という重要な制度であるにもかか
わらず、審理の方法が各裁判所の広範な裁量に委ねられているという現状が、再審
請求人の権利保障において数々の深刻な問題を生じさせているのであるから、再審
請求手続における諸手続規定の速やかな整備が必要である。
3 再審請求手続における証拠開示の法制化
このような再審請求手続における諸手続規定の整備の中で、特に重要なのが再審
における証拠開示である。
例えば、近年、再審において無罪判決が確定した布川事件、東京電力女性社員殺
害事件、東住吉事件及び松橋事件では、通常審段階から存在していた証拠が再審請
求手続又はその準備段階において開示され、それが確定判決の有罪認定を動揺させ
る大きな原動力となった。また、令和5年3月に再審開始決定が確定した袴田事件
の第2次再審請求においても、証拠開示によって約600点にも上る証拠が開示さ
れ、それが再審開始決定に大きく寄与している。
このように、えん罪被害者の救済という再審法の理念を実現するためには、通常
審段階において公判に提出されなかった裁判所不提出記録を再審請求人に利用させ
ることが極めて重要である。また、この点は、再審請求人に対する適正手続の保障
のほか、具体的な真実の発見のためにも必要となるものであり、公益の観点や事件
被害者の立場からも重要であると考えられる。
しかし、現行の再審法は、証拠開示に関する規定がないため、全てが裁判所の裁
量に委ねられている。
そのため、裁判所の積極的な訴訟指揮によって重要かつ大量の証拠開示が実現し
た事件がある一方、訴訟指揮権の行使に極めて消極的な裁判所もあるなど、裁判所
によって大きな「再審格差」が生じているのである。
この証拠開示について、通常の刑事裁判においては、2004年(平成16年)
の刑事訴訟法改正により、公判前整理手続における一定の証拠開示の制度が新設さ
れ、その後の2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正によって、さらに拡充さ
れた。一方、再審については、その2016年(平成28年)の改正時に、附則第
9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請
求審における証拠の開示・・・について検討を行うものとする。」と規定されたに
もかかわらず、それから約7年が経過した現在においても法制化の目途は立ってい
ない。
以上のとおり、再審請求手続における証拠開示の法制化は急務である。
4 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
また、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが、えん罪被害者の速やかな救
済を阻害するという問題も重大である。
例えば、近年では、布川事件、松橋事件、大崎事件、湖東事件及び日野町事件に
おいて、再審開始を認める即時抗告審決定に対して、検察官が最高裁判所へ特別抗
告を行っている。その結果、特別抗告審の判断がなされるまで再審開始決定が確定
せず、えん罪被害者の救済が長期化している。
さらに、再審請求手続の長期化によって、救済が遅延することで、えん罪被害者
本人や再審請求人であるえん罪被害者の親族の高齢化が極めて深刻化している。
例えば、袴田事件の再審請求人であった袴田巌氏は、1981年(昭和56年)
4月20日に第1次再審請求を行い、現在は袴田氏の姉が第2次再審請求を行って
いるが、その第2次再審請求において、2014年(平成26年)3月27日には
静岡地方裁判所で再審開始決定がなされた。しかし、検察官の即時抗告によって再
審開始決定が取り消され、その後、再審請求人の特別抗告を受けて、最高裁判所は
審理を東京高等裁判所へ差し戻し、2023年(令和5年)3月13日、東京高等
裁判所は再審開始決定に対する検察官の即時抗告を棄却し、同月21日、これが確
定した。このように、袴田事件においては、第1次再審請求から再審開始決定の確
定まで約42年、静岡地方裁判所の再審開始決定からでも約9年もの歳月が経過し
ており、袴田氏も同氏の姉も高齢となっている。なお、袴田事件では、2023年
(令和5年)年7月10日、検察官が再審公判において有罪立証をする方針を明ら
かにした。これにより、袴田氏の救済までさらに長期化することが予想される。
再審制度は、えん罪被害者の人権を救済するための最終手段であり、無罪を訴え
る者の人権保障のために存在する制度である。しかし、長い年月をかけて再審開始
決定を得たとしても、それに対して検察官による不服申立てを許容すれば、再審開
始要件の高いハードルを1度越えた再審請求人に対して、さらに重い防御の負担を
課し、長い審理時間も要することになる。これでは再審の人権保障機能を到底果た
すことはできず、憲法適合性にも疑義を生じかねない。
他の外国の例を見ても、英米法諸国では、通常審においても一般的に検察官の上
訴を認めておらず、実体的真実主義を採用するドイツにおいても、1964年(昭
和39年)の法改正により、再審開始決定に対する検察官抗告は明文で禁止されて
いる。また、歴史的経緯から日本と同様の再審法を有する韓国でも、再審開始決定
に対する検察官の不服申立てを制限すべきとの議論がなされている。
そもそも、職権主義的審理構造の下で、利益再審のみを認め、再審制度の目的を
無辜の救済とした現行の再審請求手続においては、元被告人らによる再審請求に対
し、検察官は公益の代表者として裁判所が行う審理に協力する立場に過ぎない。そ
のような検察官に、再審開始決定に対する不服申立てを認める必要はない。
一方、検察官が確定判決の結果が妥当であると主張するのであれば、再審公判に
おいて有罪である旨を主張、立証をすることが可能であり、それで不都合はない。
以上のとおり、検察官による再審開始決定に対する不服申立ては、法改正によっ
て早急に禁止されなければならない。
5 結語
そこで、当会は、適正な刑事手続の保障とえん罪被害者の早期救済のため、国に
対し、①再審請求手続における証拠開示の法制化、②再審開始決定に対する検察官
の不服申立ての禁止を含む刑事訴訟法の再審に関する規定の改正を速やかに行うよ
う求めるものである。
以上のとおり決議する。
2023年(令和5年)8月25日
新潟県県弁護士会臨時総会