デジタル・プラットフォームにおける法的権利救済手続の容易化のための環境整備を求める意見書
意 見 の 趣 旨
政府及びデジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会においては、
ⅰ 海外拠点のデジタル・プラットフォーマーについて、送達を受けるべき事務所を設定することを義務付け(民事訴訟法103条1項)、
ⅱ プロバイダ責任制限法上の事件については財産権上の訴えと同じく、被害者の所在地にある裁判所に管轄を認めるよう検討し、対策をとっていただきたい。
意 見 の 理 由
1 ネット被害についての司法救済と海外への送達
ネット社会の拡大・深化により、市民はネットにより多大な利益を享受することができるようになっているが、他方でSNSや掲示板などへの
書き込みなどにより名誉権・プライバシー権などの権利が容易かつ深刻に侵害されうるようになっている。
そのような権利救済を容易にするものとして特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
(以下、「プロバイダ責任制限法」という)が制定されるなどし、一定の対応も取られている。
しかし、日本居住者も含めて利用者の多いGAFA(Google,Amazon,Facebook,Apple)など海外拠点の
デジタル・プラットフォーマー(ICTやデータを活用して第三者に『場』を提供するデジタル・プラットフォームを運営する者)が関連する
権利侵害については、これらの本社が海外にあり、必ずしも日本国内に拠点がないため(Google日本法人には検索サイトの管理権限がないため、
同社を被告としたリンクの表示の差し止めなどは認められないとした京都地裁2014年(平成26年)9月17日判決参照)、
司法による権利救済が極めて困難となっている。
つまり、仮処分を申し立てる場合、仮処分申立書を海外の本社に送達する必要があるが、国際スピード郵便(EMS)を用いたとしても
国内に送達する場合よりも時間を要することは否定できない。
また、決定の送達は民事訴訟法108条により、日本の在外公館などを通じて行うこととなり、一層時間と費用を要することとなる。
特に、発信者情報開示のような手続については、日本の携帯電話キャリアなどのログ保存期間が3ケ月程度のことが多いことを踏まえれば、
この時間ロスは権利救済にとって致命的である。
2 地方居住者にとっての負担
また、デジタル・プラットフォーマーの拠点が国内であったとしても、司法救済を求める地方居住者にとっての負担は小さくはない。
国内のデジタル・プラットフォーマーの拠点の多くは東京にある。
そして、発信者情報開示請求は財産権上の訴えではないため、同権利を被保全権利とする仮処分申立事件の多くは東京地裁に申し立てる
他ないことになる(海外のみに拠点があるデジタル・プラットフォーマーについても、民事訴訟法10条の2、民事訴訟法規則6条の2により同様の状態となる)。
発信者情報開示請求の結果、発信者情報が開示され、損害賠償請求がなされ、賠償金が得られたとしても、その金額は10から30万円程度
ということも多い。
そうであれば、地方居住者にとって、司法を通じネット上の被害救済を求めることは費用対効果の点で極めて利用しづらい実態にあると
いわなくてはならない。
3 日本における地方居住者の権利救済がなされる仕組みの構築
以上を踏まえ、政府は、ⅰ 海外拠点のデジタル・プラットフォーマーについて、送達を受けるべき事務所を設定することを
義務付け(民事訴訟法103条1項)、ⅱ プロバイダ責任制限法上の事件については財産権上の訴えと同じく、被害者の所在地にある
裁判所に管轄を認めるべきである。
ⅰについては、GDPR(EU一般データ保護規則)27条が、EEA(欧州経済領域)内に拠点のない管理者などの代理人をEEA内に
設置すべきとしていることが参考になる。
ⅱについては、日弁連が2011年(平成23年)6月30日に公表した「「プロバイダ責任制限法検証に関する提言(案)」に対する意見書」
においても提言しているところである。
いずれも、日本における地方在住者が司法により権利救済を求めることの実効性を確保するために不可欠の内容であり、かつ、日本各地の
居住者をも対象として営業を行っているデジタル・プラットフォーマーにとって過度の負担を強いるものとは言えまい(なお、ⅱについて、
デジタル・プラットフォーマーにとって過度の負担となるような場合については、移送などにより対処が可能である)。
4 デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する中間論点整理
ところで、総務省、経済産業省及び公正取引委員会が設置した「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」は、
2018年(平成30年)12月12日、「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する中間論点整理」(以下、「中間整理」という)を公表した。
これは、デジタル・プラットフォーマーについてはイノベーションの担い手としての意義が認められる側面があることを前提としつつ、
その公正性などの確保の必要性を認め、そのための視点を提示するものである。
中間整理は、「デジタル・プラットフォーマーがプラットフォームを利用する消費者(個人)から収集するデータは、事業活動上、金銭と同様に
経済的価値を有すると考えられる」、「加えて、パーソナル・データの取扱いやプロファイリング等のあり方によっては、プライバシーの侵害や、
差別につながるなど、消費者(個人)の人格的利益を損なうおそれもある」と指摘し、デジタル・プラットフォームを巡り損なわれるプライバシーなどの
人格的利益に着目しており、その点では妥当である。
しかし、同記載は、権利侵害があった場合の法的手続きを通じた救済の容易化という視点が明確でない点において不十分と考える。
よって、デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会においては、デジタル・プラットフォーマーに関連した権利侵害についての
救済方法という視点も踏まえ、3で述べた方策について積極的に検討していただきたい。
5 まとめ
以上より、政府及びデジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会においては、ⅰ 海外拠点のデジタル・プラットフォーマーについて、
送達を受けるべき事務所を設定することを義務付け(民事訴訟法103条1項)、ⅱ プロバイダ責任制限法上の事件については財産権上の訴えと同じく、
被害者の所在地にある裁判所に管轄を認めるよう検討をし、対応を取っていただきたい。
2019年(平成31年)4月9日
新潟県弁護士会
会長 齋 藤 裕