東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効について特別措置法の制定を求める会長声明
1 報道によれば、政府は、東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、「本件原発事故」という。)の損害賠償請求権についての時効特例法案
(以下、「特例法案」という。)を国会に提出する方針であり、その内容は、原子力損害賠償紛争解決センターへの和解仲介申立に時効中断効を
付与し、和解が成立しなかった場合でも一定期間は裁判所に提訴する猶予を与えるというもののようである。
しかしながら、政府の予定している特例法案は、真に被害者の救済に資するものとは評価できないことから、抜本的な立法措置を改めて求める。
2 当会は、2013年2月28日、国に対し、本件原発事故の損害賠償請求権について、対象となる被害者が消滅時効等による不利益が生じる
ことのないよう、抜本的な立法措置を求める旨の総会決議を行った。
本件原発事故による被害が深刻性、広範囲性、継続性を有する特殊なものであることに照らすと、本件原発事故の被害を受けた被害者には、
自らの被害を把握し、その被害回復の方策を十分に吟味、検討した上、被害に見合った賠償を受ける途が十分に確保されなければならず、
消滅時効等の適用によって、被害者が損害賠償請求権を行使することができなくなるといった事態を招来することは著しく正義に反するからである。
3 特例法案には、以下の2点につき問題があると考える。
(1)原子力損害賠償紛争解決センターへの申立てが前提となっている点
特例法案においては、原子力損害賠償紛争解決センターへ和解仲介申立てをすることが時効中断の前提とされている。
しかしながら、2012年12月末時点で、同センターに申立てをした被害者は、わずか1万3030名である。また、新潟県内を住所地とする
申立件数も143件に過ぎない。
「広域避難者」と呼ばれる全国に避難している被害者は約10万人とも言われている。また、福島県内から同県外への避難者も約6万人であり、
2013年3月22日現在、新潟県内にもなお計5734人もの避難者がいることからすると、同センターへの申立てをした被害者はごく一部と
言わざるを得ない。
このように、同センターに対して和解仲介の申立件数が著しく低調な原因は、大幅な手続きの遅延や、同センターの仲介する和解案が被害者救済
というには不十分と言わざるを得ない内容であることによる。被害者救済のために、各地で集団訴訟の提起が予定されている情勢に照らせば、
同センターが紛争解決に十分な機能を有していないことは明らかである。このような状況からすると、同センターへの申立件数が、今後、大幅に
増加することは予想し難く、特別立法案によって消滅時効のおそれから救済される被害者はごくわずかと言わざるを得ず、同センターへの申立てを
行うことを前提とする特例法案はもとより抜本的な措置とは評価し難い。
かえって、特例法案が成立した場合、和解仲介申立てをしない被害者は時効中断していないことから、消滅時効期間が経過したと扱われるおそれがあり、
全ての被害者の救済に結びつくどころか、むしろ大多数の和解仲介申立てをしない被害者を不安定な地位に置くことになり相当でないというべきである。
(2)被害者に過度に全部請求を強いるものとなること
次に、特例法案の制度設計では、損害の一部について申立てを行った場合、申立てをした以外の部分については、消滅時効の完成を防ぐことには
ならないと考えられ、これを防ぐためには、損害全体について申立てを行わなければならないことになる。これは被害者に、消滅時効の完成を防ぐため、
損害の全部について申立てを強要することになり、不当に過度な立証負担を強いる結果となる。
本件事故による被害は、いまだその全容も明らかではなく、その収束の見通しも立たない状況にある。このような状況において、本件原発事故の
損害賠償請求権につき、民法第724条前段が適用され、最短で事故日から3年で同条前段の消滅時効が成立するとなれば、本件原発事故の被害者に
残された時間はわずか11ヶ月しかなく、多くの被害者が、先の見えない生活の中で、損害賠償請求の全部について、何らかの法的手続を
とらざるを得ない状況に追い込まれることになるのは著しく正義に反する。
4 結論
従って、特例法案のように不十分な立法措置ではなく、本件原発事故の損害賠償請求権については、民法第724条前段後段を適用せず、時効等による
権利の消滅の余地を失わせる特別の立法をすみやかに行うべきである。
2013年(平成25年)4月5日
新潟県弁護士会
会長 味 岡 申 宰