死刑執行に抗議する会長声明
声明の趣旨
平成24年3月29日、約1年8か月ぶりに3名の死刑囚に対し、死刑の執行がなされた。この点に関し、新潟県弁護士会会長として、
以下のとおり声明する。
1 死刑の執行が、執行に反対する意見において提起されてきた多くの疑問点について十分に議論することなく、意見の趣旨を軽視して
断行されたことについては、極めて遺憾である。
2 国会は、死刑の執行を一時的に停止する法律の制定に向けて最大限の努力をして実現にこぎつけるべきである。
3 国会は、死刑判決の確定後6か月以内に法務大臣が執行命令を出さなければならないとする刑事訴訟法475条2項を削除する立法を
すみやかに行うべきである。
声明の理由
1 わが国において、死刑の執行は、千葉景子元法務大臣時代の平成22年8月に執行された後、その後4代の法務大臣からは命令が発せられず、
約1年8か月間にわたり執行されないまま推移してきた。しかるに、小川敏夫現法務大臣は、就任直後から「大変つらい職務だが、
その職責をしっかりと果たしていきたい」等とのべて積極姿勢を示唆し、就任後約2か月にして、執行命令をするに至った。
2 法務大臣の決断の背景には、死刑制度が現存し、適正な裁判手続を経て死刑判決が確定した以上、法が適正に運用されていることを示すためには
死刑を執行しなければならないとの判断があったものと推認される。
しかし、わが国では確定した判決に基づく刑が、死刑判決以外は概ね適正に執行されて治安も維持されているのであり、反対意見が少なくないにも
かかわらず、この時期に死刑を執行しなければならない必然性があったとは考えられない。
新潟県弁護士会は、平成21年5月20日開催の総会で、「裁判員裁判施行にあたり多数決による死刑評決に反対し、死刑制度の見直しを求める決議」
を賛成多数で可決し、その中で、政府・法務省に対し、死刑制度について、国内外から指摘を受けている問題点に対し、早急に、改善のための具体策を
明らかにすることを求めた。また、国会に対しては、死刑廃止も含めた検討を行うことと、その間、法務大臣による死刑の執行を一時的に停止する
法律を速やかに制定することを求めた。
今回の死刑執行は、かかる決議の趣旨を踏みにじるものであり、極めて遺憾である。
3 死刑執行によって失われるのは、かつて最高裁判所が「地球よりも重い」と表現したことのある人命である。命の大切さという観点からは、
死刑囚であることの一点のみをもって他の人とは違うということはいえない。政府・法務省は、国政の運営にあたり、あらためて生命の尊厳ということに
思いを至らせるべきである。
4 死刑制度の存廃論については多くの意見があり、新潟県弁護士会の中でも、意見が一つにまとまっているわけではない。存置論にも廃止論にもそれなりの
根拠はある。しかし、命の大切さ、生命の尊厳に対する思いは、双方の論者に共通するはずである。そうであればこそ、死刑の執行を一時的に停止して、
この問題を国民全体で広範に議論する機運を盛り上げることこそが正しい道筋である。
5 全国の刑務所に収監されている死刑囚の数は、今回の3人の執行後でも132人と言われている。歴代法務大臣の多くが在任中執行命令を出さないままで
任期を終えている。もともと訓示規定であるとはいうものの、刑事訴訟法475条2項本文は守られず、事実上空文化している。その原因は、死刑の執行が、
生命の尊厳を尊重するという国家の基本理念に関わる問題であることにあるとみるべきであろう。死刑執行命令を出すかどうかは、現実には、法務大臣の
個人的な信条や政治理念に左右されている。命令を出した法務大臣は、苦悩したうえで決断したとしても、死刑制度に反対する人たちから強い非難を受ける。
こうしたことは、法治国家としては異常な事態であるといわなければならない。このような事態を打開することは立法府である国会の責務である。国会は、
速やかに刑事訴訟法475条2項を削る立法を行い、同時に、死刑の執行を一時的に停止する法律の制定に向けて最大限の努力を開始し、必ずその実現に
こぎつけるようにすべきである。
2012年(平成24年)4月6日
新潟県弁護士会
会長 伊 藤 秀 夫